単眼・接眼・双眼
幼少の頃の宝物に、単眼鏡と双眼鏡と顕微鏡があって(確か文具店の景品で手に入れた気がする)、気に入っていたのは単眼鏡と顕微鏡だった。
単眼鏡は一本の長い筒だ。窓から振り回して外を眺めると、見慣れた"風景"は円形の"部分"に切り分けられる。それら部分には全て微細なテクスチャーがあ る。土・稲・アスファルト、モルタル・・・拡大され、異化された部分は、どれだけ見ていても飽きなかったし、何より真実らしく思えた。
じっ くりポイントを貯めて手に入れた顕微鏡では、実際には有るが微細で見え無いものが、本当に目の前に在ることに衝撃を受けた。付属のプレパラート(標本) そっちのけで、自分の髪の毛やら皮膚やらを見ていた気がする。これも原理としては単眼鏡と同じで一つの筒を覗き込むのは変わらない。
双眼鏡は最初はよく覗いていたものの、徐々に興味を引かなくなった。拡大率も低いし、見え方も普段見ている視界と代わり映えがしないような気がしたからだ。埃をかぶったケースを見るのは忍びなかったが、興味がないものは仕方がない。
・・・そう、そして最近思ったこと。
片眼で世界を見られる人がいる。両眼で見られる人がいる。どちらのやり方でも見られる人もいる。それぞれ記号として見えるものは同じでも、感じ方は違っている (対象の色・距離感・立体感・・・)
片眼の視野では、私が見ている気がする。
両目の視野では、私と誰かが見ている気がする。
いつもどの見方が自分にとって最も見やすいのかを感じていたい。その筒を通して”見る”体験を重ね、つぎはぎしながら世界を作らなければならない。
今の自分は双眼鏡の視野が一番あっていると思う。片方の眼がもう片方を同時に補完しあい、少し先の風景が浮き上がる感じ。
決して劇的ではないが、一番リアルな光景。
単眼鏡は一本の長い筒だ。窓から振り回して外を眺めると、見慣れた"風景"は円形の"部分"に切り分けられる。それら部分には全て微細なテクスチャーがあ る。土・稲・アスファルト、モルタル・・・拡大され、異化された部分は、どれだけ見ていても飽きなかったし、何より真実らしく思えた。
じっ くりポイントを貯めて手に入れた顕微鏡では、実際には有るが微細で見え無いものが、本当に目の前に在ることに衝撃を受けた。付属のプレパラート(標本) そっちのけで、自分の髪の毛やら皮膚やらを見ていた気がする。これも原理としては単眼鏡と同じで一つの筒を覗き込むのは変わらない。
双眼鏡は最初はよく覗いていたものの、徐々に興味を引かなくなった。拡大率も低いし、見え方も普段見ている視界と代わり映えがしないような気がしたからだ。埃をかぶったケースを見るのは忍びなかったが、興味がないものは仕方がない。
・・・そう、そして最近思ったこと。
片眼で世界を見られる人がいる。両眼で見られる人がいる。どちらのやり方でも見られる人もいる。それぞれ記号として見えるものは同じでも、感じ方は違っている (対象の色・距離感・立体感・・・)
片眼の視野では、私が見ている気がする。
両目の視野では、私と誰かが見ている気がする。
いつもどの見方が自分にとって最も見やすいのかを感じていたい。その筒を通して”見る”体験を重ね、つぎはぎしながら世界を作らなければならない。
今の自分は双眼鏡の視野が一番あっていると思う。片方の眼がもう片方を同時に補完しあい、少し先の風景が浮き上がる感じ。
決して劇的ではないが、一番リアルな光景。
1 件のコメント:
猫のあまりのくつろぎ具合に、こちらもダラっとしそうです。
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