2011年5月18日水曜日

お知らせ

【blanClass】5/21(土)まで秦雅則写真展[明ルイ部屋以降/超写実写真発表会]が開催されています。12:00-19:00 入場無料。土曜は19:30よりトークイベントあり ¥1,000。明るい部屋に関わった方も、知らないよって方も是非来て下さい。
コラムも書きました。「暗い部屋が照らし出すもの」http://d.hatena.ne.jp/blanClass/

2011年4月4日月曜日

移行

明るい部屋が終わってから2週間が経った。
終わりの日に、2年間を総括することもせず、酒を飲み、話し、寝ていた。
その後の、がらんどうのような2週間があってようやく、あの部屋と自分は絶たれたのだと実感した。

そして私は明るい部屋(東京・四谷三丁目)から、空っぽの教室「blanClass」(横浜・井土ケ谷)へ移行しました。
毎週土曜日現地におります。以後お見知りおきを。

2011年3月16日水曜日

均しく見る

內田百閒の「東京焼盡」を読む。これは、太平洋戦争末期、東京に初めて空襲警報が出された日から東京大空襲を経て終戦の詔勅まで、約300日の日記である。何もこの時期に読まなくてもとも思うが、悲観的になって選んだわけではない。

配給に一喜一憂し、何百機と来襲する爆撃機に身を竦ませる。家が焼けてしまう。置いてきた家財道具を惜しむ、等々の描写が淡々と記述されている。他者が自分達を憎しみを持って殺しにやって来るという極限の恐怖の中で、筆遣いを変えることなく描写し続けた胆力と、精神力には恐れ入る。家が焼けてしまったら普通、ものを書く心境にはなれないだろうに・・・。

彼はB29の腹に映る炎の色を美しくも思う。酒を飲んで手を打ち、四谷駅のツバメの雛を慈しむ。善悪、美醜、哀楽を均しく語り続ける。その目線は、もはやユーモアとなってこの物語を包み込み、戯曲のように時代を生き生きと奏でている。

一人の作家の営みに敬意と希望を持って読んでいる。どんなときでも、すべきことは同じだ。

2011年3月15日火曜日

立ちすくむ

3月11日からずっとニュース漬けになっていた。家にはテレビがないのでユースト経由でニュースを垂れ流しにしていた。

ふと気づくと呼吸が浅い、緊張がとれない、視野狭窄、抵抗力の低下など、どっといろんな症状が押し寄せてきた。かれこれ10年間以上、テレビのない生活を続けてきたからか、大量の情報に対する抗体が無いのかもしれない。それでも地震に対する恐怖は根強く、画面から目が離せない。相次ぐ余震が拍車をかける。

16年前、阪神大震災で自分が被災したときは、ライフラインが全て無くなってしまったので、その時その時、自分の目と耳で判断し行動するしかなかった。今回はそれを凌ぐ大惨事だが、東京にいる自分は食事にもありつけ、インターネットを通してニュースや緊急地震速報まで得られる。

知ることは大事だ。一人の安否が希望にもなるし、地震・津波・原発、いずれの情報をとっても命に関わる。しかし、感情と判断を遠隔操作されたままでは、もっと生き残れそうにない。今は情報を制限して、まず目の前の状況・人間を大事にすることに専念しようと思った。それから、被災した方々に対して自分ができることをしよう。

2011年3月10日木曜日

明るい夜

昨日は最後の明るい夜だった。

{(明るい夜=企画ギャラリー・明るい部屋におけるトークイベント+パーティー+のち魚民+再度明るい部屋/一部入眠)という複雑な数式で表される時間的・空間的な移動、およびカオス的に意見の交換が行われる夜、そして朝}

個人的にはたくさん反省もあって、それは今後フィードバックしていくとして、作家が誰であっても、あなたが誰であっても、両者の存在があってこそ、この夜が続いてきた。2年間、明るい部屋と私たちが、その間に立っていられたことを本当に幸運に思っている。

今後、明るい夜はやってこない。今では矛盾を孕んだこの言葉を受け容れられるし、混沌を愛おしくさえ思う。

展示は13日(日)まで、クロージングパーティーは20日(日)です。

2011年3月7日月曜日

nowhere

そこ、は過去とつながっています
そこ、は現在つまり
私、とつながっています(触れたい)
私、の一部です
私、は
私、の声を聞く
私、は逆立つ
私、は逆毛立つ
私、とは信じる以前の宗教です
私、は裸です同時に
私、は時間と重力に統べられています
私、とはテクノロジーであり
私、とは幻覚です幻視を通して
私、は
私、の身体を知覚します知覚すべてが、
私、という感覚を励起しています
私、は物質であり時間です
私、とは過去と未来に永遠に拡張される存在です
私、とは拡張された今です(つまり)今
あなた、が見ているものです

2011年3月6日日曜日

サイレント/終了

3/6(日)をもちまして、明るい部屋において開催されていた私の写真展「サイレント」が終了しました。来ていただいた皆様、気にしていただいた方々、本当にありがとうございました。

3/8(火)より、いよいよ明るい部屋2年間の最終展示、秦雅則による「明るい部屋」が始まります。最後の光を目撃してください。

2011年3月4日金曜日

サイレント/テキスト

窓を通して風景を眺めていると、なぜこんなにくっきり見えるのだろうかと、訝しがることがある。
ガラスは、ただ光を透過し続けているに過ぎない。
その静けさと写真を、私は近しいものと感じる。
私を世界と隔てるもの、その間を透明に満たすもの。
このガラスが不意になくなってしまったら、私は、盲目になってしまうだろうとも。

2011年3月3日木曜日

独裁と反乱

独裁者は常に視線を彷徨わせている/独裁者は結果、否定形で語る/独裁者は黄金好き→唯一のものでありたがる/反乱者は放火する、反乱者たちは炎を見る/反乱者たちは自らを打ち倒す/独裁者は知れず、台頭している/

2011年3月1日火曜日

サイレント

【明るい部屋】三木義一 写真展「サイレント」3/1(火)〜3/6(日) 12:00〜20:00 ※最終日は19:00まで 週末は在廊しています。
お時間ありましたら是非お越し下さい。

2011年2月19日土曜日

パースペクティブ

歴史が今、現在において漫然と生成しているのではなく、過去と未来にある二つの消失点から逆に証明されているとすれば、今、見るべきものは明らかに変わってくるだろう。

2011年2月18日金曜日

フューチャー派

明るい部屋にて本日より始まっています!

2011年2月18日(金)~20日(日)

「私たちは、これからはコレも写真と呼ぶ」

今回、明るい部屋では、ヌケメ、辺口芳典との共同企画として「フューチャー派」を開催します。明るい未来を築くべく、上記フューチャー派の皆様と共に「写真」について考えていきます。
19日(土)・20日(日) いずれも18:00〜20:00を、参加作家有志によるフューチャー派宣言文作成の時間とします。
また会期中は、辺口芳典(言語活動家)の朗読ギグを随時開催中です。


14:00~22:00 入場1000円(ワンドリンク付き)


フューチャー派の皆様
明るい部屋(遠矢美琴・三木義一・小野寺南・秦雅則)
辺口芳典
ヌケメ
阿部隆大
アライコウスケ+村野正徳(アライコウスケ・村野正徳)
鵜飼悠
小田島等
新・方法(平間貴大、馬場省吾、中ザワヒデキ)
高橋辰夫/Taxxaka(全感覚派)
ハエプロジェクト(秦雅則・エグチマサル)
古田直人
横田大輔
渡邊聖子
AAA(菅井健也・加藤大季)
FFLLAATT (現在展示中の作家/矢島陽介)

2011年2月16日水曜日

無声

どこでもない場所を探している。ふらふら歩いてはシャッターを押している。言葉に回収されない場所を探している。そんな場所はないとも思っている。
私には見えない、カメラは見てない。
どこでもそう。
どこでもない。
写真。

2011年2月15日火曜日

石器

思いのほか白茶けた、拳くらいの石だった。紡錘形の周囲は小刻みに弧を描いたエッジで縁取られている。限りなく薄く、引き延ばされたような断面、中央部の扇情的な脹らみ。間違いない、これは肉を割き、血をしたたらせるための道具だ。形は、もはや行為と化している。

2011年2月10日木曜日

サーキット

回路。

触れなくたって見るだけでその対象と繋がってる。
触れたら回路を通して相手が見ているものすら見えてしまう。

そんな気がするんです。
気が。

2011年2月8日火曜日

立体

薄暗い中、建て売り住宅の建築現場を眺めていた。
い三、又ぬ八、、、ひらがなと漢数字が柱に記されている。
と、記号が急激に立体になり空間になり立ち上がっていく瞬間に出会った。
家のかたちが歪んでみえた。

ねむれない

日付が変わるまで搬入して、店が終わるまで話をして、家に帰ってきて布団のなか、ねむれない。

極論に次ぐ極論。語りうることと語りえぬこと。その狭間で塔は高さを増してゆく。その様を僕は美しいと思ったし、同時に、それを破壊したいという衝動が身体に埋め込まれていることを確認した。

とにもかくにも、呼んでもらえて嬉しかった。

2011年2月3日木曜日

希望(仮)

明るい部屋ワークショップの受講生による展示が始まっている。 与えられた会期は2日間。昨日が搬入で今日が搬出、これが2 週間続く。サイクルが極端に加速された状態で感じた事。

2年間、ギャラリーという具体的な場所を求めてきたはずなのに、自分の中でその実体はどんどん薄れていって、何か建築現場のような、仮想と現実の狭間をさまようような空間にいるような気がしている。

そんな場所は存在し得るのか?
派閥か?イズムか?

否。
その時その時、作家とともに枠を作り、また解体する。ただそれを繰り返してきたはずだ。だからこそ誰におもねる事なく展示を行って来れたのだろう。

展示はなくなる。
明るい部屋もなくなる。
仮設の枠だけが、各人の中に残っていけばいいのだと思う。

2011年2月1日火曜日

ないてしまう

最近本当によく泣いてしまう。
昨日は偶然テレビで見かけた、サッカーアジアカップのダイジェストを見て泣いてしまった。
自分でもなぜだか全く分からないので、何度も放映されるのをいいことに、どこで泣けるのかを研究してみた。すると感動的なシュートの場面、ではなく、パスが前に繋がっていくところで泣いているようなのだ。他にも、ジョークが通じると泣ける、実家に電話すると泣ける、などパターンはいろいろある。
そろそろお気づきかとは思いますが、どうも”コミュニケーション”が泣ける要素のようです。見かけた場合、暖かく見守っていただければ幸いです。

2011年1月29日土曜日

【明るい部屋】お知らせ

秦雅則×エグチマサルによる展示
企画ギャラリー明るい部屋にて「写真/物質としてのイメージの可能性」、FFLLAATTにて「写真/仮想のイメージとしての可能性」が開催中です。明日1/30(日)19:00まで!

そして本日20:00より
秦雅則/エグチマサル、FFLLAATTの櫻井史樹、そして明るい部屋より私の4人でトークします。無料かつ予約不要です。作品について、写真の可能性について、発表形態について・・・どうなるどうなる??

2011年1月28日金曜日

(ガラス)

そのカフェは実に開放的な作りで、外に面している壁はガラス張りになっている。懲りずに泡ばかりのコーヒーを飲みに来るのは、窓際から外を眺めているのが好きだから。

駐車場に停めてあるジープ、通園バスを待つ男の子、向こう側には民家、白い壁と緑の松、メジロが立ち木の間を飛び回っている。

その光景が、(ガラス)を通して(見えて)いる。
(見える)感覚は(ガラス)そのもので、眼球の構造と奇妙に相似しながら、内側から眺め尽くす快感を貪っている。この(ガラス)が不意になくなって直接外と繋がってしまったら、(私)は(盲目)になってしまうだろう。

2010年6月4日金曜日

展示が始まりました

写真展「フォトジェニック」
今週から始まっています。

他者を見ること
自身を見られることを相対させています。

結局、他者とは誰だったのでしょうか??

在廊日
5日(土)・6日(日)・8日(火)・12日(土)・13日(日)
12:00〜20:00
※13日(日)は19:00まで
です。

なぜかまだ梅雨入りもせず、天候も安定しているこの季節にぜひ足をお運び下さい!

2010年5月9日日曜日

私という仮説

「フォトジェニック」

6/1(火)〜 6/13(日)
12:00〜20:00
※最終日は19:00まで
※月曜休廊
企画ギャラリー 明るい部屋にて

作家在廊日時はこのページにて後日発表



2010年4月15日木曜日

夢のように確かなこと

明るい部屋1周年パーティといい、きのうの「旦那 is ニート」展ギャラリートークといい、大変多くの方にお越し頂きました。足を運んで下さった皆様、本当にありがとうございます。何か少しでも持って帰って下さるものがあったのなら、嬉しく思います。

イベント中は気持ちも舞い上がり、フワフワと浮遊していたわけなんですが、一日たって地に足が着いてみると、小さいながらも確かな感覚が、自分の中にも根付いているのを感じる。

この人達(まだ見ぬ人も含めて)の中で生きていきたいという思い。それは、自分が何を為すかということよりも、一回り大きなカテゴリーに属するという確信。
何か自由な・・・”国”とか”民族”とか誰かが決めたものではない、新しいまとまりが確かに目の前にあったんだと。そして、またバラバラに分かれていったのだと。

「世界」なんて曖昧な言葉だけれど、その端っこの輪郭が一瞬、はっきりと感じられたような気がする。あんなに小さな部屋で。


2010年4月7日水曜日

TB

トラック・バックではありません。
スリークォーター・バックスでもありません。
テラバイト。

ノートパソコンを持 ち運んでいると、どうしても衝撃を与えてしまったりするわけで、そのたびに祈りながら起動ボタンを押してたりするんですが、明るい部屋始めほとんどのデータをそれに入れていることを考えると、あぶないなぁと思うようになった次第。
そして先日、遂に外付けのハードディスクを手に入れたのでした。 その容量たるや、1テラバイト。数年前には考えてもみなかった単位です。僕がパソコンを始めたときから比べると数千倍!今じゃ考えられませんね、「キロ」 や「メガ」だなんて。

でも、あの頃はそれで済んでいたわけで、一体自分の何が数千倍になったのか、さっぱり分かりません。

ちなみに次は「ペタ」だそうです。
前もってお知らせしておきます。


2010年3月22日月曜日

心臓

心臓はやるべきことでできている

そういえば他の臓器もやるべきことでできている

やるべきことだけでできていないのは脳だけ

世の中にあまたあるやるべきでないことを

やるべきことに変えられるのも脳だけ


でもまず

心臓がないと

2010年3月21日日曜日

私作・試作・思索 / 新作

2010年

■3月23日(火)〜28日(日)

「明るい部屋ワークショップ 現代写真倶楽部 第二期 写真的写真論制作展」におきまして、ブック「パノラマ」を公開いたします。先の展覧会のコアとなるものです。

明るい部屋メンバー、ワークショップ受講生合わせて20人近くが出品し、見応えある展示になりそうです。


■3月30日(火)〜4月11日(日)※ 
※4月5日(月)休館
※※4月10日(土) 20:00から「超・明るい夜」※※※
※※※ 明るい部屋1周年を盛大に祝うイベントのこと。予約不要・参加無料・飲食持ち込み大歓迎

「明るい部屋1周年記念展 明るい上映会」において、新作「フォトジェニック」を出品します。短い映像ですが楽しんでいただければと思います。

他にも、明るい部屋にこの一年関わってくださった注目作家が目白押し。
是非、以下でスケジュールのチェックを。

http://www.akaruiheya.info/exhibition/coming-soon/1aniv.html

新しい言葉

新しい言葉は地球上の重力とは無関係に生まれる

新しい言葉はストロボの発光に追いつく

新しい言葉は同時通訳とよく似ている

新しい言葉は非凡、かつ、普通だ

新しい言葉は純粋なる破壊

一瞬の構築

そして破壊

繰り返されるのは歴史

2010年3月20日土曜日

皮肉

夜、ギャラリーからの帰り、ぜいぜいと自転車を漕いでいると突然、道路脇から猫が飛び出してきた。そいつは車に轢かれそうになりながらも、なんとか身体をかわして横の草むらに滑り込んでいった。あおりで今度は車の進路がぶれ、自分が轢かれそうになったが、両者急ブレーキで事なきを得た。

例えばあいつが轢かれていたら
自分は可哀想に思っただろうか

例えば自分が轢かれていたら
あいつは可哀想に思っただろうか

何かを思うにはまず認識をしなくてはならないが、往々にしてそれはあとで生まれたはずの感情に左右されてしまう。痛そうだな、とか、見たくないとか。認識はよたよたと一人歩きを始め、感情にすり寄って行く。

もし自分が轢かれていたら
あいつはその冷静な認識と行動で、こちらを一瞥し立ち去るだろう。

可哀想と思う前に。

2010年3月14日日曜日

世界の中心で空腹を叫ぶ

とうとう「パノラマ」も最終日とあいなりました。
前回の告知で在廊時間が多数間違ってまして・・・本日は最終日により19:00閉廊です。
このブログを見て、足を運んでみようという奇特な方がいらっしゃいましたら、19:00までに是非おいで下さいませ。

それにしても、お腹が空きました。自転車を漕いで来てスタミナゼロだし、ミコ氏は14:00まで帰ってこないので、買いにも行けないし・・・あと2分。